「最近、稽古の手の厳しさが過ぎると思うのだけど」
鈴の音のように虫の声が外で鳴いている。
小さな灯りの中で食事をする合間、詞紀は重い口を開いた。
「……そうしなけりゃ、強くなれないだろう」
「それは、そうだけれど……皆そのために生まれてきたわけではないし、それに、アテルイのやり方は前より厳しくなっている気がするの」
――と、詞紀が苦言をするのは、ちょうど昼間見ていた彼の稽古のために、負傷している村人が数人いたのを気にしたためだった。
稽古に来るほどだから、ひどい傷ではないようだが、生活のために働かなければいけない男手でもあるのだから、あまり無理をしては女達に負担がかかる。
だから、無理をさせない程度に手加減をして欲しいと頼んでみたが、
「その女達を守るために剣を使えるように稽古してるんだろう」
そうアテルイに返されては、反論するすべもない。日の本の国で朝廷から弾圧を受けていた頃から、一族を守るために抵抗し続けてきた人々だ。
「いざとなったら己の目に映る者しか守れない。そのためには一人ひとりが強くなるしかないんじゃないのか」
「そ、そうですね、確かに……」
注意するつもりだったのが、注意を促されて詞紀は愕然とうつむいてしまった。
一方、向かいに座る男は、粥をすする音を立ててから、
「お前を守ろうとしたら、村の奴らまでは目が届かないからな」
何気ない口調でぽつりと言った。はっと上げた顔がしだいに熱くなった。普段は何も言ってくれないのに、油断している時に限って嬉しい言葉をかけてくれる。けれど油断しているから、恥ずかしくて返す言葉も見つからず、視線がそわそわと浮遊する。
「……だ、だったら、その、私が村の皆を守りますね!」
何か返そうと思って、その言葉が出た。
向かいで詞紀を見つめていたアテルイは、ふっと表情をゆるませて「そうだな」と呟く。
「では、もっと、もっと強くならなければ……っ」
一人で気負って、粥を急いでかきこんだ。一気に喉を通ったからか、呼吸が追いつかなくてむせてしまった。
微かな笑い声が聞こえて、水が差しだされる。そのやさしさが嬉しくて、詞紀は濡れた目元を指ですくった。
――耳を澄ますとまだ虫の声は聞こえる。いつもと同じ、穏やかな夜だった。