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たまにはこんな日、



 遠くで空が鳴っている。
 強く叩く雨が背中に当たって痛いぐらいだった。急ぐ足は泥をはね上げ、裾を汚す。
「ここがいい」
 先を走る恋人が、大きい枝を広げた大木の下で立ち止まった。それに倣うと、確かに激しい雨のしずくさえもかかってはこない。
「……あんなに晴れていたのに」
 濡れる袖をしぼりながら、木々と深緑から垣間見える空を、諦めたような目で眺めた。
 ――確かに朝は晴れていた。だから、互いに体が空いているうちに二人で山菜採りに行こうと、山へ分け入ったのだ。
 空模様が急変したのはその後で、ろくに野草も見つけられないまま土砂降りに遭って走ってきた。
「すぐにやむかしら」
「こういう天候だったら、すぐにあの雲も晴れる」
 アテルイは他人事のように、大木の幹に寄りかかってそう言った。
 そうかしら、と思って改めて空を見上げると、いつ流れていくのかと思うほど重たい雲がのしかかっていた。
「夕方までこのままかしら、アテルイ」
「だったら、村の奴らにいい言い訳になる」
 意外と責任感の強いアテルイらしくなく、悪戯っぽい笑みを浮かべてうそぶいた。
「そんなことより、寒いからこっちに来い」
 寒い、と言われると、詞紀もなんだか体が冷えてきたような気がした。
 そういえば雨でぐっしょり濡れている服を身に着けたままで、しかも晴れていた時より肌に感じる風もずっと冷たくなった。冷えてしまうのは当然だ。
 言われた通りにアテルイの隣に近づくと、彼の両腕がしっかりと詞紀の体を抱きしめた。
「あ、あの、アテルイ……?」
 ちょっと戸惑って、彼の胸に押し付けられたまま上目遣いに彼の様子をうかがった。
「こうしてたほうがあったかい。……不満があるならやめるが?」
 意地の悪い笑顔が見下ろした。ちょっとむっとして、
「そんなことばっかり……」
 と、弱い反論をしてみたものの、結局突き放すことも出来ず、またやめて欲しい理由なんて少しも思いつかない。
(……こういう時ばかり、私の気持ちを察して、からかってくるんだから)
 遠慮なく彼の腕に身を預けると、雨に打たれた疲れが出たらしく、溜息が口からもれた。
 目を閉じると、雨の音と、彼の胸の鼓動が聞こえて、さらに抱きしめる腕の力が強くて、
(時々、こんな時間があってもいいかもしれない)
 そういう思いを噛みしめていると、ふとアテルイが声を上げた。
「……詞紀、出がけに何か干してなかったか」
「……え」
 反射的に顔を上げた。彼は何か思い出したように首をかしげていたが、詞紀の頭は現実に戻っていた。――晴れていたからそれまでたまっていた襦袢や袷をたくさん洗って、干してきたのだ。
「ああ……」
 と、うめいて、今度は脱力のために彼の腕の中で崩れ落ちた。
 雨はまだまだ降り続いている。朝の洗濯は全てやり直しだ。――また空で雷が鳴った。

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