目の前で詞紀が【剣】の呪いに苦しんでいる。
 だからといって智則は微動だにせず、儀式を見守り続けた。それが言蔵家の人間としての役目であり、詞紀に触れられぬ代わりに見守ることを決意した結果だ。
 詞紀とは関係ない、神代から連綿と続く憎しみのために、詞紀だけが一身に苦しみを背負っている。そう考えると、智則の心は千々に乱れる。
(……何故、この世界はこんなにも醜い)
 そして、醜い世の中のために、何故詞紀が追い詰められなければならない?
 玉依姫になった始めの頃は悲鳴を上げて嫌がった詞紀が、今は声を押し殺して【剣】の呪いに耐えている。
(泣いても、叫んでも、誰も貴女を咎めはしないのに)
 智則は膝に置いた拳をぎゅっと握りしめた。
 詞紀の体が倒れた時、弾かれたように立ち上がって、冷たくなった体に小袿をかける。
「姫」
「……ありがとう。だいじょうぶよ、智則」
 そう言って弱々しく笑った。その顔を見て、智則は耐え切れずに口を開く。
「何故……そうして笑えるのですか、姫」
 か弱い視線がじっと智則を見つめる。
「貴女は全く関わりのない呪いを受けているのに」
「智則」
 抑えつけようとして抑えきれない感情を込めてうめく彼の頬に、詞紀が腕を伸ばして手を置いた。その手がひんやりとしていた。
「いいの、私のことは。だって、お母様を殺して生きている私だもの。その償いになるならば、どんな苦しみだって耐えられるわ」
「ですが」
「それにね、智則。この世界はとても美しいものよ。それを守るために、誰かが犠牲にならなければいけないなら、私がそうなっても構わないと思っているの」
 ――こんな目に遭っているのに、それでもまだ世界を美しいと言えるなんて。
 全てを肯定するわけではない。でも、詞紀を大切に思う智則は、ゆっくり頷いた。この世界もこの季封さえもどうなろうと知ったことではないと思う。でもそのために玉依姫である彼女の身に何か起こるのであれば、この身を張って守ろうと誓う。
「分かりました。もう愚かなことは申しません。安心して、お体を休めて下さい」
「……ええ、ありがとう、智則」
 儀式の間で、詞紀は目を閉じて眠りに落ちていくのを確認してから、智則はその場を一時退くのだった。

update:2012/10/06