例えば君の声

《兵役のために男手が取られてしまって、税を納めるのが辛い》
 ある集落の女性の嘆きを目に通すと、恵まれている自身の立場をありがたくも思い、恐れ多く思いもする。
 そして、この声を聞き届けるよう努める立場にあることを考えると、何とかこの世界から哀しみをなくそうと内心決意するのだった。
「――では、これで頼む」
 という声が耳に飛び込んだ時、思わず目を上げて声の主を追った。
 書簡が積まれた局の奥で、側近に巻物を渡している横顔を垣間見た。彼が顔を机上に戻したのと同時に、詞紀もまた手元に正面を戻す。
(……古嗣様……やっぱり、きれいなお顔立ち……)
 一度目に焼き付いてしまうと、何度でも視線を向けそうになる。男の人を取られて生活の苦しさに喘いでいる人もいるのに、自分は何と浅はかなのか。
 この《男手》というのが、愛する人のことなのか、それとも労働力という意味なのか、そこまでは判然としないが、
「古嗣様」
 そう呼んでから、詞紀は手にした書簡を手にしたまま、席を立って彼の側へ向かった。
「なんだい、詞紀」
 穏やかな表情の顔を上げた古嗣の隣に座り、問題の陳情を指で示した。
「こういう訴えをして下さる場所へ、視察に行きたいのです。何が必要なのか訊き、出来得る限りの支援をして差し上げたいのですが……」
 詞紀が示した陳情を読み、彼女の話を聞きながら、古嗣は深く頷き、
「ああ、そうだね。現地に赴いてみることもいいと思う。すぐに手配をしてみよう、詞紀」
「はい。ありがとうございます」
 と、安心して頭を下げる詞紀に、古嗣は困ったように笑いながら、先を続けた。
「でも、国が出来ることは、残念なことだけど、限界がある。この訴えをしてくれた人以外にも、同じことで苦しむ人は多い。それら全ての人々を満足させられると、信じない方がいいよ、詞紀」
 ――季封の村は、京と比べると小ぢんまりとしていたから、詞紀や智則が話を聞きに行けば大抵のことは解決できた。だから視察に行けば解決するものだと、心のどこかで感じていたのかもしれない。
 京、そして京が管轄するものは、思う以上に大きい。それを今、詞紀は古嗣や《オニ》からの襲来で生き残った貴族と共に担っているのだ。
 そして古嗣が忠告してくれたのは、きっと詞紀の失望を最低限に抑えるための、やさしさからだろう。
 そう感じて、詞紀は深く頷き、言った。
「出来る限りの力を尽くしましょう。そうすれば、例え理想に及ばなくても、決して後悔することはないと思います、古嗣様」
「……うん、そうだね。それにしても、君の強さには負けてしまうな」
 古嗣が諦めたように笑う。
(強いとすれば、古嗣様が隣にいるからなのに)
 愛する人が側にいれば、不安も自信に変わる。それを知ったのは古嗣といっしょに、《オニ》や《宿命》へ立ち向かった過去を経験したからなのだ。
 そう心に思ったことを、他の貴族達がいるのに口に出すことは憚られて、詞紀は相手をじっと見つめてにっこりと笑った。
 返ってくる美しい笑みを目にした途端、初めて(早く二人になりたい)と、私情が湧いて生まれた。

(2014/01/11)
【title:霜花落処(http://frost.soragoto.net/)】