思い通りにならない

 視線の先ではさらさらとした音を立てて水が流れている。
 知らない土地ではない。毎日洗濯をするために訪れる川だ。
 そこに恋人と二人でやって来てから、ずっと一枚岩の上に腰を下ろして川が流れているのを眺めていた。
「……あの、アテルイ? 他に何をするのですか」
 そう訊ねると、側で仰向けになっている男は、「あ?」と気のない声を返してきた。
「何も考えてねえ」
「でも、せっかく皆様がお休みをくれて、二人でどこかに行ってきたらと仰ってくれたのに」
「休みなんだから何をしても、どこに行ってもいいだろ。何かしてなきゃ嫌だって言うなら」
 不意に手首を掴まれた。と、思うと、強引に引き寄せられて、「あっ」と声を上げたら眼下にアテルイのほくそ笑む顔が迫っていた。
 彼は詞紀の頬を、もう一方の手で包んで、
「ここでお前を抱いてもいいが?」
「じょ、冗談はやめて下さい」
 たしなめる詞紀の頬は、燃えるように熱い。睨みを利かせる目は浮動して、説得力がないと自分でも思えた。
「冗談のつもりはないけどな」
「だったら、やってみて下さい。このような、天気の良い下で、そんなこと……」
 頬を包む手が滑るように首の後ろへと移動して、強く頭を押し付けられる。
 触れた唇を強引に開かれ、噛みしめるような口づけを繰り返す。頭の中がとろけて、体の芯から熱くなってくるような激しさがあった。
 押し返そうとして、彼の胸に手を置いたけれど、詞紀の頭を押し付ける手と、背中に回った腕の力が強くて、引き剥がせなかった。
(……力が強くて? 本当に?)
 とろける前の理性で自問する。けれど答えが出ることはなかった。
 押し返す力を失った詞紀は、アテルイの胸に体重をかけて、恍惚とした表情でその愛を受け入れる。
 心が何度も(好き)と叫ぶ代わりに、噛みついてくるような相手の唇を甘く噛んだ。
 枯れ葉を落とす涼しい風は、今は心地よい気候に変えた。

(2013/11/16)