――悲しい夢を見た気がしたけれど、鶏の鳴く声が耳に入ってきて目が覚めた。そうすると夢の内容は忘れてしまった。
身を起こして、夜着の襟を掻き合わせてながら、身をよじって隣の人の顔を覗き見る。
穏やかな寝顔を見つめながら、ゆっくり肩に手をかけた。
「古嗣様。古嗣様」
始めはゆっくり揺さぶっていたのが、しだいに焦っているように荒々しく起こす。
さすがにそうなると眠っていた人の瞼が開いて、不思議そうに詞紀の顔を見上げた。
古嗣は腕を伸ばして、彼女の頬に触れながら、
「どうしたんだい、お姫様。不安そうな顔をしているよ」
「……古嗣様が起きないと思ったら、怖くなって」
――と、詞紀が心細い声で答えるのは、《剣》の力に囚われた古嗣の養父・吉影との戦いの時、詞紀を守るために禁忌の術を使った古嗣が力尽きて倒れたのを鮮明に覚えているからだ。
しかし吉影が自身の残り少ない命を古嗣に与えて、《剣》とともにこの世を去ったことで、古嗣は今こうして詞紀の隣で眠っている。
そして、ここ数日、詞紀は朝目を覚ますたびに、不安になって古嗣を揺り起こしては、目覚めた彼の笑顔に安心する。
そういう彼女の心を察したのか、古嗣は悲しそうに眉を寄せて、片手で詞紀の頬を包み、
「ごめんね、詞紀。僕がふがいないばかりに、君に必要のない心配をさせている」
「いいえ、違います。ただ、私が勝手に不安になってしまうだけなのです。毎日、古嗣様はこうして笑っていらっしゃるのに」
詞紀の左手が彼の頬を包む。一方、彼女の頬に触れていた古嗣の手は詞紀の頭へと回った。髪をくしゃりと掴みながら、彼女の顔を自分へと近づけていく。
唇が触れ合い、詞紀は目を閉じた。
互いの唇に印を刻むように、何度も口づけを重ねる。古嗣の方からしてきたのか、自分からしたのか、分からなくなるぐらい頭の中がぐるぐると回ってどうでもよくなった。
古嗣が体を起こして、詞紀を床に倒した時、ようやく口が離れて、詞紀を瞼を開けた。彼は詞紀の肩を掻き抱いて、次の口づけを待っている。
「……古嗣様。ずっと、ずっとお側にいて。私よりも、ずっと長く生きて」
「もちろん。年老いるまで、君の側で見つめているよ、詞紀」
再び、飽きることのない口づけが降ってくる。呼吸を奪われる苦しさが、幸せな痛みのように胸を締め付けた。こういう時だけ、不安は春風の前の雪のように溶け去っていく。
そしてまた夜になれば、真冬の雪のように積もる不安が悲しい夢を見せ、目覚めてからもその不安が残ることになる。
――ただ、今は体を重ねて甘い時間を過ごす二人だった。