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 ――《オニ》からの脅威はこの世界から去った。
 《剣》があったために襲われ、民の命を奪われた季封も、生き残った者達で再建が進められている。
 信濃国の援助も多くあった。玉依姫という季封の長たる者が不在なのに、手厚い助けがあったというのは、玉依姫の傍らにいた、優れた補佐が橋渡しをしていたからに他ならない。……と、隠岐秋房は最近考えていた。
 自分が剣術の稽古に没頭して、他のことを顧みなかった時、言蔵智則は季封のために陰で信濃守との関係を太いものにしていたのだ。
 その智則も、玉依姫である詞紀も、季封に未だ帰ってこない。古い家の長老達は次の玉依姫と補佐の選定にかかっている。ただ、二人が何も残していないから、暗礁に乗り上げているのだ。
「――秋房さまー、姫さまと智則さまは?」
 二人を――特に玉依姫を特に慕っている子供達が、毎日そう訊ねてくる。
「姫と智則は、大切なお役目があって、まだ帰れないんだ。でも、お前達の顔を見るために、必ず帰ってくるから」
 毎日同じことを言っているから、不器用な秋房は笑顔でそう口にすることに慣れてしまった。始めは、うまく笑えなかったのに。
「それより、空疎の勉強の時間だろう?」
「でも、おれたちも秋房さまみたいに強くなって、この村を守りたい」
 男の子達が口々にわめいた。その気持ちは痛いほどに分かる。詞紀と智則がいれば、何も考えずに子供達に一日中稽古をつけてやっていたことだろう。
 けれど、秋房はかぶりを振って、男の子達をたしなめた。
「村を支えるのは、剣術だけじゃないんだぞ。勉強をして、姫の補佐として支えることも、村を守ることになるんだからな」
「智則さまみたいに?」
「……ああ」
 ――子供達が、ばらばらと駆けていくのを見送りながら、時が動いていることを実感する。
 始めは言うことを聞かず、不満を表していた彼らが、今はおとなしく秋房の忠告を聞いている。
 子供達の成長を間の当たりにするほど、それだけ時が経っているのを痛感するものだった。そうするほどに、詞紀と智則が帰ってこないことが辛い。
「……姫様、智則……何やってんだよ。早く、帰って来てくれ」
 季封宮を見上げ、それからさらに遠く、青く広がる空を見渡した。二人が今どこにいるのか、分からなかった。






 同じ空の下、遥か離れた山の麓に、巡礼者の列が並ぶ。
 自身の罪業、生について悩むことは、過去から少しも変わらない人間の本質で、何か一言で救われたい者達が毎日宗教者のいる寺社を訪れる。
 その中の一人、白い布をかぶった影が、その布を取った時、意外に若い女であることを発見して、話を聞く宗教者は少し驚いた顔をした。
「そなたは、その若さでどのような苦悩を告白する?」
 彼女は膝をつき、一礼して、落ち着いた口調で淡々と口を開く。
「私は、大切な人をこの手で殺しました。その人は私のためにこの世界を救い、私を闇から助けてくれた。そのためにこの世界の憎しみをその身に受け、苦しんでいるのを見かねて、私がこの手で胸を貫いたのです」
 まるで詩歌を詠むように、彼女は告白を続ける。
「私は罪深い女です。母を殺してこの世を生き、今また私を愛してくれる人をこの手で殺しました。そしてまだ死ねずに生きております」
 そこで深く頭を下げた。
「救っていただける言葉が欲しいとは思いません。ただ神に仕える者にこの告白をすることで、この世界にその人の生きた証を残したく思います」
 言い終えて、ゆらりと立ち上がった。白い布をかぶり直し、神前から、後ろずさりに立ち去っていく。
 唖然として聞いていた宗教者は、はっとなって立ち上がり、声をかけた。
「そなたの名は」
 背中を向けた姿が、ぴたりと足を止めた。
「神に名乗る名は、恐れ多くて口に出来かねますが……」
 と、前置きをしてから、きびすを返して正面をこちらへと向けた。毅然と前を向いた表情は、しかしその目に光はない。
「宇賀谷詞紀……と申します」








 ――神々が宿るとされる頂から、神々しいまでに太陽が臨む。
 山を下りる途中、その眩しい日差しへと顔を向けた。あの日以来、愛する人の顔が瞼に浮かばない。夢にも出ない。
「きっと、まだ許してくれないのね、智則……」
 言うことを聞いたことは、すなわち信じていたのか、そうでなかったのか。その答えは今でも見つけられない。
 殺してくれ、と言った。そして、苦しむ姿を見ていられずに、刀の先を愛する人の胸に突き立てた。
 彼は「ありがとう」と言ったけど。
「……ならば、どうして思い出せないの」
 あんなに神々しい太陽が、どうしても美しく見えない。この世界は醜い。こんなものを救おうとして、智則が犠牲になった。
 その智則の存在を、ただこの醜い世界に知らせようとして、神に仕える宗教者の元へ足を運ぶ。
 いつか、愛する人の笑顔を、もう一度見られることを夢に見ながら。





        世界中に君の
            墓標を突き刺した



(2013/11/14)


智則ルートの、「斬る」「斬らない」選択肢後のBADend。
詞紀が帰ってこない理由はこんなのがいいなーという妄想。
こんなヤンデレ、誰得ですか……。


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