不器用な背中

 恋人の部屋を訪ねると、秋の風が心地よく吹いてくる室内で、背を向けて巻物を広げていた。
 その背後へと近づいていって、「智則」と呼ぶと、相手は弾かれたように顔がこちらへと振り返り、安心したような息を吐いた。
「詞紀……どうしたんだ?」
 巻物を納めながら、智則が微笑む。
「たまには智則と対局したいと思ったのよ。……何を読んでいたの?」
「何でもない。他愛のない物語だ。――それより、この部屋の碁盤は秋房が持っていったきり、帰ってこない。大方、胡土前殿と勝負をして弟子になるかならないか賭けているんだろう」
 そこで、智則は溜息をついた。詞紀も、「秋房が持っていった」と聞いて意外な気がしたが、その推測を聞いたら呆れて溜息がもれる。
「またご迷惑をかけて」
「きっと、胡土前殿も楽しんでいると思うけど」
 苦笑しながら彼が言った。
 それにしても、智則の部屋にも碁盤があるから、もしもの時のことを考えて持ってきているわけがない。
「……私の部屋にあるものを持って来ようかしら」
 と、呟いた時、智則は立ち上がって、聞き返した。
「せっかくの休みだから、外に出よう、詞紀。対局は、また後日で」
「ええ。……でも」
 せっかくの智則の申し出だから、詞紀はすっかりその気で頷いた。それから、くすぐったく笑みこぼしてから、茶化す。
「せっかくの休みなのに、部屋で書物を読んでいたのね、智則」
「詞紀、それは……」
 喉に詰まったような顔をして、彼は言いよどんだ。
 しばらく無口になって、先に部屋を出て歩いていく。その後ろを、微笑ましく見守ってついて行って、早歩きで追いついてから、彼の右手に左手を添えた。
 苦い表情と、物問いたげな表情が見つめ合い、同時に笑みが浮かんだ。
 階から下りた庭で、秋の可憐な花々が、個々に風に揺れていた。

(2013/11/12)