――火のはぜる音がして、目を覚ますと温かい腕の中に全身を預けていた。
自分を包む白い袖は二重に重ねるように、冬の寒さから守ってくれている。
「目が覚めたのか、詞紀」
穏やかな声がした。今はそんな場合ではないのに。
彼の力を狙う朝廷軍から追われ、仲間達から離れて逃げ続けている。それに、詞紀は権力者の命令に逆らう行動を取ってしまったのだ。
その決断は間違ってはいないと思うけれど、それでも仲間や、大切な人を危険にさらしている現実を考えると苦しい。
「……泣いているのか?」
金色の独眼が間近に覗き込んだ。目を上げて、じっと彼を見つめていると、視界がゆっくり曇ってくる。ごまかせなくて、小さく頷いた。
「私が……皆を危険に合わせたのだと思うと、辛くて」
「それは、私も同じだ。お前に危ない道を歩ませている」
閉じられた瞼まで、苦しそうにしかめられる。この瞳の持つ力によって、彼は――幻灯火は追われてきたのだ。
――選んだのは私ですから。
と、答えようとしたが、口を開こうとしたら幻灯火に先を越された。
「何も言うな。お前はやさしいから、私に責任を感じさせまいとしている。……それはアテルイも同じだった。だが、やはり私のこの瞳のせいだ」
「……違う」
何度も頭を横に振りながら、詞紀は涙が溢れてくるのを止められなかった。
幻灯火の力を欲しているのは人間の愚かな欲望であって、不死を与える力を持った幻灯火には何も罪はないのだ。そのことで二百年も、それ以上も苦しんできた彼がいとおしくて切ない。
詞紀は涙をこらえようとして、幻灯火の胸に顔を押し付けながら、
「もう、仰らないで、幻灯火様……。私も、もう嘆きません。だから、……ご自分を責めているのを見るのは、とても苦しいのです」
「詞紀」
火を焚いた側で、彼が強く詞紀の体を抱きしめた。
――雪はしんしんと降っていて、まるで白い世界に閉じ込められたかのように、真っ白な装いをした森に囲まれている。
「……いっそ、この雪とともに消えてなくなろうか、詞紀」
「幻灯火様?」
予想外に気弱な一言を聞きとがめ、思わず詞紀は濡れる顔を上げた。
「誰の追跡も及ばない世界へ、二人で消えてしまおうかと言っている。きっとそこには、こんな苦しみはない。二人で何にわずらわされず、笑っていられる」
一瞬、何という理想的な話だろう、と思った。そうですね、と咄嗟に頷いてしまいそうだ。それだけこの寒さは気持ちを滅入らせ、降り続ける雪は絶望しか味わわせない。
詞紀は、こういう時に微笑を作って、片手を持ち上げて幻灯火の頬に置いた。
「いいえ、幻灯火様。春は来ます。温かい日差しを注ぎ、全ての命が芽吹く季節は、きっと来ます。だから、消えてしまおうなんて仰らないで。私が、あなたを支えていますから」
二人の愛する温かい春が、訪れない四季などないのだから。
幻灯火はちょっと面食らったように、目を開いて詞紀を見つめていたが、ふっと表情をなごませると、詞紀の冷たい頬に手を置いた。温かさがゆっくり広がり、凍えた感覚を正常へと戻ってくる。
「私は、まだお前に救われたな。まったく……不思議な女だ、詞紀」
そう囁く幻灯火の微笑みに、自分も勇気づけられていることを、その腕の中で感じて、もう一度詞紀は幻灯火の胸に体重をかける。
ただ、やむことなく振り続ける檻のような白雪は、未だ二人の道を暗い方へと示しているようであった。