やっと君が見えた

 他の仲間達から離れて、どれぐらい経ったのか知らない。
 それほど日を経てないようにも思えるし、半月も経ったのではないかとも感じる。
 樹氷の下、雪を踏みながら、離れている皆は大丈夫なのかという不安だ。時々歩いてきた道を振り返って、足が止まると、
「奴らならば問題ない。小僧はともかく、蛇や狐、それにあの呪言師が易々と苦戦する相手がいるものか」
 口調はそっけないが、仲間を信頼している様子が窺がえて、そんな場合ではないのに詞紀は笑い声をこぼす。
「何がおかしい、詞紀」
 今度こそ、相手の不機嫌そうな表情がこちらを向いた。歩き続けていた空疎尊だったから、詞紀とは大分距離が空いてしまっている。
 慌てて、空疎尊が踏み固めた雪の道をたどって、彼の背に追いついてから、
「空疎様は、お変わりになりました。季封にお越しになった時は、民も、私のことも、冷めた目で見ておられたのに」
「変わったのは貴様だ、詞紀。だからこそ、周りにいる者どもを見る目が変わったのであろう。我は何も変わった気はないのだがな」
 ――いいえ、変わりました。
 と、言い返そうとしたが、やめておいた。空疎尊は「自分は変わっていない」と言う。堂々巡りとなるだけだ。
 それに彼が「変わったのは詞紀の方だ」と答えたことには、肯定せざるを得ない。自分自身のことだからどこが変わったとは分からなかったが、確かに季封にこもっていた時と、季封を離れている今とでは心の持ち様が違っていた。――いや、季封を離れる前、《オニ》が現れて、虚との戦いが始まった時からかもしれない。
 虚によって愛する村の民が犠牲になった時、守られ、《剣》のためだけに生きていた自分は、季封の民を守ろうとして戦っている。守るものを得た時、人はどこまでも強くなれることを知った。
 ただ、その守ろうとする思いが、取り返しのつかない結果を招いてしまった。
 ――心臓をわし掴みにされたような苦しさを胸に感じて、詞紀は思わず雪の上にしゃがみこんだ。
「詞紀……っ! 平気か!?」
 自分の踏み固めた道を引き返して、彼が側に寄り添った。
 最近、体内に封じた《オニ》が特に暴れ出すことが多くなった。その《オニ》を引き離すために、仲間達から離れて幽世へと向かっている旅路の途中なのだった。
「休ませてやりたいが、のんびりしている状況でもないな」
 そう呟くと、詞紀の体を横抱きにして、雪道を急ぐ。
 胸の苦しさのために息切れしながら、
「……空疎様は、何故そこまで私のことを」
「我が妻を守ることに、理由が必要か」
 詞紀を抱え、新雪を踏みながら、空疎尊は涼しい顔で答えた。
 季封という、冬になれば雪深くなる土地で暮らしている詞紀だから、寒さと雪によって体力が大きく奪われることは知っている。その上、自分を抱えているのだ。
「私は、そこまで愛してくださる人間ではありません。母様を……その、殺して生きている人間なのですよ」
「その宿命に悩んできたのは、貴様だけではあるまい。貴様の母も、その母も、代々罪を重ねて生き、そして娘のために死んでいったのだろう。貴様一人が罪を背負うことはない。……もしも、代々の玉依姫の罪まで背負うと言うのならば、これから先、我も共にその罪を負うてやろう」
 ――ですから、何故そこまで私のことを愛してくださるのですか。
 と、重ねて聞こうとした言葉は、こみ上げてくる泣き声を抑えようとして、口をついて出ることはなかった。
 確かなのは、初めて許婚者として出会った時より――その時は形式上の関係でしかなかったから――今となっては詞紀も彼のことを強く強く想っているということだ。
 その空疎尊に甘え続けるわけにはいかない。
「空疎様。もう、大丈夫です」
 そう言って、彼の腕から下りると、今度こそ空疎尊に遅れないように、その後ろについて歩く。
 幽世への旅路は、まだ始まったばかりなのだ。来た道と、これからゆく道に、新しい雪はどんどん降り積もっていく。

(2013/10/26)
title:【frozen time(http://frozenxtime.web.fc2.com/)】

皮肉口調からのノロケどーんな会話を書けるライター・西村氏は偉大。