夜が早くなって、外気も冷たくなった。
春と夏が過ぎたのだと思うと、故郷を離れた日が随分遠くなったと感じる。その長い分、この大陸に新しく築いた村は発展が目に見えてはっきりとしてきた。
村の中の、どの小屋にも暖かそうな灯りが、夜の闇に洩れてくる。その中の一つに帰っていくと、味噌と、米を炊く匂いが空腹を刺激した。――ここ数日村を空けて、村の、他の男達とともに離れた都市へ出ていたのだった。
「お帰りなさい、アテルイ」
「ただいま」と言う機会を得る前に、詞紀が囲炉裏に提げた鍋から顔を上げて笑った。
ああ、とさりげなく視線をそらして呟き、
「留守の間、何もなかったか」
「はい。いつもと変わらず。といっても、小さな事件は日々起こっていましたけど」
そう言って、詞紀が楽しそうに話すのは、村にいる若い新妻が出産して、その対応にてんてこまいだったけれど、そういうことに慣れた年かさの女達が経験を活用して大活躍したという話だった。また違う日には飼っている家畜を一度に動物の小屋から出してしまった子供があったが、皆で協力して集めたことも。
そういうことを話している詞紀の表情がころころと変わるので、アテルイはそちらのほうに気を取られて見守っていた。
彼のそんな視線に気づいたらしく、詞紀ははっと頬を染めて口を閉じると、
「済みません、自分の話ばかり……。アテルイは? 街で、何かありましたか」
「……別に、これといった話はないが」
痛いところを突かれたように彼は少し口ごもる。
囲炉裏を挟んで、詞紀と向かい合う形で腰を下ろし、都市であった些細なことを記憶として引っ張りだした。そうしながら、ぽつぽつと口を開きながら、金持ちの子息と街で小競り合いになり、刀で少し打ち据えてやったら、門弟にしろと下手に出てきて困惑したことを話した。
「やはりアテルイの剣の腕は、人を引き付けるのですね」
と、詞紀が真面目な顔で頷いている。
「なんだ、それは。だいたい、弟子とか門弟とか、めんどくせえ」
頭を掻きながら、うんざりとして呟くと、「それより」と先を続けた。
「早く飯にしろ。道中、長くて腹が減った」
「ああ、はい、申し訳ありません」
それでもその口調はなんだかくすぐったそうである。
彼女は立ち上がって竈へ行くと、炊き上がった米を櫃に移したものを抱えて戻ってくる。
そして囲炉裏にかかっている汁物をお椀に注ぎ、
「長旅、お疲れ様です、アテルイ」
笑みを浮かべて差し出した。その手に手を重ねて受け取る時に、アテルイは穏やかな笑みを浮かべて、
「ただいま、詞紀」
と、告げるのだった。お椀に口をつけて汁物が喉を通っていった時、体の中から温まっていくのを実感した。