君と同じ夢を見よう


 ――森のざわめきが常ならぬ気配を漂わせる。
 自然に潜むカミ達が、【剣】の力に惹かれているのだった。力を解き放たれた【剣】の力が強くて、気配を辿る詞紀は寒気を覚えた。
「平気か、姫さん」
 夜の闇に、火を焚きながら胡土前が訊いた。悠長そうに構えているが、誰よりも緊張しているのは、詞紀にはよく分かっている。
 蘆屋道満が【剣】の力でカミを平伏させようとするのは分かっていたが、その【剣】の力を追って《オニ》が――綾読が引きつけられるかもしれないのだ。
「私は……大丈夫です。胡土前様こそ……」
 口を開いても、喉が渇いて最後まで言葉は出てこなかった。喉どころか唇まで渇いてかさかさだ。
 焚火を回りこんで、詞紀の隣にやって来ると、胡土前は傍らに腰を下ろして彼女の肩を抱き寄せた。
「全く、強がってんじゃねえよ……詞紀。こんなに震えてんじゃねえか」
 それが冬の寒さのせいなのか、恐怖なのか、自分では分からなかった。ただ、彼に弱いと思われたくないから、強がっているのは確かだ。
「……なあ、詞紀」
 自分の肩に彼女の頭を乗せるように抱きしめながら、彼が訊いた。
「今は、あんたと同じ夢が見られるか?」
「夢?」
 詞紀は顔を向けて、相手の横顔を仰ぎ見る。
「夢っつーか。《オニ》を倒す夢」
「……、でも、それは」
 ――それは、胡土前の一番弟子を殺すことだ。
 もはや《オニ》の中に綾読の心はない、と胡土前が決めつけた。だがその決めた言葉の裏には反対の思いがあると、詞紀は感じている。
 本当に、人としての心が消えかかっているとするならば、
「……胡土前様。私は、きっともうあなたと同じ夢を見ているのです。季封の皆を、半ば裏切る思いだとしても」
「なんだ、それは」
「言葉にしなくてはいけませんか」
「鴉と違って、俺の一族は武だけが尊ばれてきたからな。はっきり言ってくれなきゃ分かんねえ」
 思わず、詞紀は微かに笑みをこぼした。
 そして胡土前の肩に、甘えるように寄りかかると、
「……綾読を救いたい。心やさしい人が、心を失って他人を傷つけ続けるのは、とても辛くて……」
「綾読を、救う」
 胡土前が短く呟いた。
 ――しばらくして、詞紀の頬にあたたかい雫が一つ、二つと落ちた。
 はっと目を見開いて、上目遣いに彼の表情を探ろうとした時、
「見るな」
 と、一喝されて、思わず「はい」と答えていた。
 詞紀の肩を掴む指が、強く力が入る。それは震えを抑えるためだ。その手に自分の手を重ねて、これから先、どれだけ戦いが激しくとも、彼の側にいることを心に誓った。

(2013/09/27)
title:霜花落処(http://frost.soragoto.net/)