あの人に春をあげたい

 
 あたたかい日なたに風が吹き抜ける。
 土手に春の野花が咲き、山並みは桃色に彩られる、春の景色だ。
 そういう心地よい気候を、詞紀は両手いっぱいの籠にちまきを入れて歩いていた。
 玉依姫としての仕事が一段落し、時間も空いたため、思い立ってちまきを作った。
 夫となった幻灯火は、紅陵院で孤児達の相手をしている。時々、子供達に対しておとなげないこともあるが、彼らを愛する幻灯火だから目をつむって許容できる範囲だ。
 その紅陵院が近づくにつれ、子供達の元気な声が聞こえてくる。すると詞紀も微笑ましく、口元がほころんだ。
「幻灯火さまー! 今日はけまりでしょーぶだ!」
「だめー! 幻灯火さまは、あたしたちとおままごとするのー!」
 男の子と女の子が対立している。
 幻灯火はどう対処するのか、詞紀が興味を持って見守っていると、
「ふむ。この小さな器はよく出来ている。しかし、これでは米を盛るのに小さくないか? もっと大きい方が……」
 案のじょう、好奇心が強い彼は、ままごとの道具に興味を示している。
 詞紀は笑みこぼすのを何とか抑えて、子供達や幻灯火の元へ近づいていった。
「皆、ちまきを作ってきたから食べて」
「あー、玉依姫さまー!」
 季封の長であり、民を慈しむ玉依姫の姿を見ると、子供達は皆彼女へと駆け寄って取り囲む。
「俺にもちょうだい!」
「あたしが先ー!」
「では私も」
 次々に出してくる小さな手の中に、一つ大きな手が手のひらを上にして差し出された。――当然、幻灯火だ。
「幻灯火様は後です」
「何!」
 その大きな手を避けて、小さな手に一つ一つちまきを乗せていく。大きな手はすごすごと引き下がって、食い下がることはなかった。
 一通り配り終えて、子供達が頬に詰め込んでいるのを微笑を浮かべて観察しながら、詞紀は残る一つを手に幻灯火の元に近づいた。
「どうぞ、幻灯火様」
「ありがとう、詞紀」
 それを差し出すと、嬉しそうな顔でちまきの皮を開けていく。
 剥き終わり、かぶりつこうとした時に、幻灯火がもち米に混ざった鮮やかな緑の大豆に目をやった。
「詞紀、これは」
「春ですから、鮮やかな彩りにしようと思ったのです。……口に合わなかったら、申し訳ございません」
「いや、苦手ではない」
 その大豆が散らされたちまきにかぶりつく。
 咀嚼を繰り返してから、幻灯火が言った。
「……うむ。さわやかでよいな」
「ありがとうございます」
 頬を染めて頷いた詞紀の袖に、子供達の手が伸びる。
「詞紀さまー。おいしかったー」
「ねえ、まだないのですか?」
「おかわりー」
 次々に手を出してくる小さな手と、物欲しそうな幼い顔を見ていると、胸の内があたたかくなってくる。
 傍らに置いた籠には、まだ少し残っていたが、全てにもう一つずつ行き渡る数ではない。
「これしかないのだけど、皆食べたいの?」
「たべたーい!」
「夜たべるー!」
「私も欲しい」
 子供達の口ぐちの声に交じって、幻灯火も加わってきた。子供達と、詞紀の視線が集中したが、それにたじろぐ彼ではない。
 一方、子供達の中で年かさの子が提案するには、
「じゃあ、石なごをやって、勝ったやつからもらおうぜ」
 そうしよう、ということになったが、負けたら貰えない子がいることを考えると、詞紀は気乗りしない。もっと作ってくればよかったと、一人で後悔しているところへ、
「よし、私も負けぬ。本気でやってみせるぞ、詞紀」
「……え、幻灯火様?」
(おとなげない……)
 せめて勝負することに決まったのなら、幻灯火は見守っていればよいのに。
 けれど彼は勝負すること以外何も考えていないようだ。
「皆、私が勝っても恨みっこなしだぞ」
「おう! 男ににごんはない!」
「女にもないもん!」
 詞紀が止める間もなく、勝負は始まった。
 だが不安が半ば消えて、しだいに微笑ましく勝負の行方を見守ることになったというのは、やる気をみなぎらせていた幻灯火が真っ先に脱落したからだった。
 勝負に勝った子供達にはちまきを手渡し、負けて泣く子には、
「明日も作ってくるから。たくさん持ってくるから、明日はたくさん食べてね」
 と、約束して、夕日傾く帰路を、幻灯火とともに季封宮へ辿っていく。
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