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――それを夢だと気づいたのは、あのお方の笑顔が自分に向けるのとは少し違うことに気づいたからだ。
夢の中の主人公は、冷たくあしらわれても、激しく叱責されても、決して下がることをしなかった。全ては強くなって、目の前にいる人の横で共に戦いたいと強く望んでいた。
(……痛いぐらい、分かる)
そう思った時が、ちょうど詞紀が目覚めたところだった。上半身を起こすと、目尻が濡れていることに気が付いて、袖でそっと目元を拭った。
――元、大蛇一族が使用していた見張り小屋の中である。昨夜はいっしょに眠ったはずの胡土前は姿を消していて、詞紀はちょっと心細い気分になった。
立ち上がって、小屋を出ていくと、黒く禍々しい気配をまとった【オニ】がいる以外、他の姿も形もなかった。
「……綾読、胡土前様はどちらにいらっしゃったか、分かる?」
何気なく訊ねてみるが、言葉を持たない彼が返事をすることはない。そもそも、こちらの言葉が通じているかさえ怪しかった。
諦めて、ちょうどいい大きさの岩に腰を下ろした。【オニ】は何をしているのか、動こうとしない。
これが、大切な季封の人々を傷つけ、殺していった。そう思うと湧き上がってくる憎しみを、詞紀は何とか抑えつける。
「……綾読、あなたは、強い人に憧れて、その背中を追いかけていたのでしょう」
そういう気持ちは分かるから、心から溜息をついて【オニ】に語りかける。
「憧れている人の足手まといであることを恐れ、鏡の呪いに耳を傾けてしまったのね。辛いわ、本当に辛いこと」
きっと、それまで自分が能無しとして名前さえ与えられてこなかったから、生きる意味を教えてくれた胡土前に対する憧憬は深いのだと思う。
――けれど、
「それでも、私は許せないの。綾読。だって、あなたは、私の大切な人達を悲しませ、殺してしまった。……私はどうすればいいの、胡土前様のためにあなたを憎むわけにはいかない、でも季封の人々のために憎まないわけにはいかないのよ……っ!」
言葉が届いているのか、返す返すも怪しいのである。それでも詞紀は訴えずにはいられなかった。胡土前にはもはやぶつけられない憤りを、抱えたままで【オニ】と行動を共に出来るほど、詞紀は長く生きてはいないのだ。
感情的になっていく自分に気が付いても、一度吐き出した憤りは隠しようがない。しかし――、
「――分かった、分かったよ、姫さん」
たしなめる声が制して、長身の影が【オニ】と詞紀の間に入った。小屋へ戻ってきた胡土前は彼女の頭に軽く手を置いて、
「あんたの恨みつらみは中でゆっくり聞いてやる。……俺の顔を立てて、綾読を責めることは勘弁してやってくれ」
「……胡土前様のお顔を立てても、罪を犯したのは胡土前様ではありません」
「俺が罪を犯したんだ。だから綾読も、……鴉も、あんたも苦しんでるのさ」
【オニ】の前から引き立てられるように、腕を引かれて小屋へ連れ込まれた。
しかし、恨みを聞くといっても、詞紀が恨む相手は胡土前ではないし、何より吐き出すべき言葉はもう感情に任せて吐き出してしまった。だからもう一度同じことを、と言われても、詞紀は口ごもったままうつむいている。
「……悪い夢を見ていたのです。それで怖くて目が覚めたら、胡土前様がいないから……外に出たら綾読がいて、きっと寝覚めの悪さで当たってしまったんだと思います。わがままかもしれないけれど、もう一度眠ってもいいですか、胡土前様」
「ああ、好きなだけ寝てろ、詞紀」
頷く声がやさしかった。そのやさしさに甘えて、わがままをもう一つ。
「手を、握っていて欲しいです。私が次に目覚めるまで、離さないでいてくれますか」
「ああ、約束する」
詞紀は今まで横になっていた寝床に、もう一度体を倒した。腕を伸ばすと、側に座った彼が強く手を握る。力を失って、まだ完全ではないのに、胡土前の手はとてもあたたかいと思った。
そのあたたかさのために詞紀は言うまいと決めていたのに、つい口をついて言葉にしてしまった。
「……綾読は、幸せでした。胡土前様に追いつきたくて、その横で共に戦えるようになりたくて、あなたの背を追い続けていたのです。鏡の呪いに身を任せてしまったのも、あなたのように強くなりたいからだったのです」
「……どんな夢を見てた? 詞紀」
怖い夢? ――ではない。見るのをためらわれる、恐れ多い夢だ。胡土前と綾読の過去を覗いていい権利など、詞紀は持っていないのだから。
だから、胡土前が手を離してしまったら、また綾読の夢を覗いてしまいそうで、――怖いといえば、その罪悪感が恐ろしいのだった。
しばらく無言が続いてから、彼の空いている方の手が詞紀の両目を覆った。
「手は離さねえ。だから、泣いてんじゃねえ」
――泣く? 自分は泣いているのだろうか。確かに最初目覚めた時、目尻に濡れた跡があったけれど。
詞紀も、空いている手で彼の手を押さえ、震える声で呟いた。
「……きっと、ですよ、胡土前様」
瞼が熱くなったのは、彼の手の平のせいではなかった。
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