君が笑ってくれるなら、僕は喜んで――しよう
――この世界など、なくなってしまえばよいと思っていた。
何故ならば、世界は自分の大切な人と関係ない罪で、彼女を直接的に苦しめている。
言蔵家は魂鎮めの儀式に、巫女以外に唯一同席することを許された家柄で、智則は次代だと目されてから、一日たりとも詞紀の儀式から席を外したことがない。
それは、自分が影になって、光となる詞紀の表裏となることを、言蔵家の役割の全てを知り、詞紀の苦しみを初めて見た時に、決意したからだ。
特に三年前、武を司る家柄の隠岐秋房が玉依姫脱走の手引きをした日以来、智則は彼女と宿命を繋ぐ鎖となるよう努めてきた。
それでも、詞紀をこの宿命から解放したいという気持ちは、秋房と同じ――いや、おそらくそれ以上にある。「いつかは妻に」と叶わない夢を抱いた少女が苦しむ様子を見続ければ、剣の呪いを解きたいと望むのは当たり前だった。
「だけど、俺もこの宿命から逃げることは出来なかった。だから秋房に託して、消えてなくなろうと思った」
――まるで夢のように、詞紀の膝に頭を置いて、横になった智則は過去を語る。
場所は京、秋篠家の屋敷である。《オニ》との戦いが終わり、剣は道満の体とともに消え失せた。それを自分の身を犠牲にして消滅させようと思っていた智則だから、今生きてしゃべっているこの時が不思議だった。
「そうね、智則。宿命から逃げることは、なかなか出来ないわ」
詞紀が、彼の髪を指で梳きながらうなずいた。
「でもあなたは犠牲となることを躊躇してくれた。ありがとう、智則。側にいてくれて」
彼女がにっこりと笑うと、見つめていられなくて、智則は視線をそらした。気付かないのか、そういう振りをしたのか、詞紀は「それに」と呟いて、先を続ける。
「影は光が強くなれば、さらに濃さを増すもの。あなたが私を光と例え、あなたが影となるのなら、光と影は一体。光が差しても影が出来なければおかしなことでしょう?」
「ああ、そうだな。……まったく、守りたかった詞紀に諭されるなんて、ふがいない」
「いいえ、智則、あなたは私を守ってくれた。本当に、その身を尽くして、守ってくれたわ。だから、これからはそんなことは考えないで。私の側にいて」
詞紀の手が頬に触れた。同時に、涙が一つ、二つと智則の顔に落ちる。
一瞬、目を見張ってから、彼は手を伸ばしてその涙を拭いた。
「――詞紀、泣かないで。でも俺は、お前が笑っていても、泣いている時でも、いつでも側にいる」
「……ええ、ええ、約束よ、智則」
彼女が、涙の笑顔で頷いた。
智則は思っていたよりもずっと安易に、自らの命を捧げようとしていた事実に気づき、その微笑に懸けて誓った。――(この笑顔が自分のことで、二度と曇らないように)と。