好きになってしまったせい

 
 例えば明け方の日の出を見ると、彼女の顔を思い浮かべる。――そういう場合、家の中へと取って返して、強引にでも起こしてそれを見せるのだが。
 そして「きれい」と呟いて微笑む横顔を盗み見て、「見せてよかった」と安堵する。殺戮の中で生きてきた今までとは、比較にならない生活の変わり様だ。
「何を考えているのですか、アテルイ」
 詞紀が顔を覗きこんで訊ねてくる。気付かなかったが、相当彼女の顔に目をこらしていたらしい。
 アテルイは顔をそむけながら、腕を組んで答えた。
「俺は、何度も同じ日の出を見てきたのに、何故今になって美しいと感じるようになったんだろうな」
 ――自分は自分、二百年前から、少しも変わったつもりはないのに。ただ、仲間を殺されて悪鬼となっただけで。
 その悪鬼の牙を抜き、凶器を捨てさせた張本人は、真面目な顔つきになって、考える様子を見せる。
「何故でしょうね。心の持ち様……でしょうか。または、独りではなくなった、ということかもしれません」
「どういうことだ」
「ですから」
 頤を上げた笑顔が眩しくて、アテルイはしばし瞬きを繰り返した。
「今朝、あなたが私を起こして、この日の出を見せてくれた時の気持ちになった、ということです。二人でなければ、そんな気持ちにならないものです」
 ――毒が回る、とアテルイは感じた。体中に熱いものが奔流している。気を抜けば、腕を伸ばして彼女を抱き寄せようとする衝動に駈られる。
 二人でなければ――ではない。
 アテルイは視線をうまく合わせられずに、一言ずつ確認しながら答えた。
「詞紀、お前じゃなければ、こんな気持ちにはならなかった」
 はっと息を呑む声がした。相手の様子を探ると、彼女が頬を染めて、「ずるいです」と唇を尖らせる。
「考え事をしていたと思ったら、唐突にそんなことを言うなんて。アテルイは、ずるい」
 詞紀の足が動いて、アテルイと距離を詰めた。
 彼の胸に手を置いた、と思うと、彼女はつま先立ちに猿臂を伸ばして、唇と唇が触れ合う。
(大した女だ)
 と思い、唇を離した詞紀の体をしっかりと抱き留めて、飽きるほどにその口を吸い、唇を甘く噛んだ。
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