平等の月

 


 目を閉じていると、同じ屋根の下でもう一人の心地よい寝息が聞こえてきた。
 瞼を開いてもまだ暗闇だったが、隙間ばかりを開けた通気口から、細い細い光が室内に差し込んでいる。
 横たえた体を起こして、そっと立ち上がると、その光を追って戸外へと出てきた。
 今夜は美しい月がぽっかりと出ていて、その光の中に集落は沈んでいるようである。
(……こんなにきれいな月、前にも見たような気がする)
 思い出そうとしても、日々の雑多な出来事ばかりが思い浮かんだ。――例えば、近くに住む小母さんがお米をうっかり腐らせてしまったとか(その量は多くもなかったから大事にならなかったけれど)。または集落のある女の子が、好きな男の子に贈りたいからと、竹の編み物を教えて欲しいと頼ってきてくれたことなど。
 だが思い出というものは、そう簡単に記憶からなくなるものではなくて、辿っていけばきっと美しい月を見上げた少女時代へと行き着く。
(ああ、そうだ。母様といっしょに見たんだ)
 ――その母はこの世にいないし、さらに母と共に暮らした故郷は遠い海の向こうだ。
「帰りたくなったのか」
 不意に声をかけられて、弾かれたように振り向いた。
「いいえ。懐かしくなったのです。それだけです」
 首を横に振りながら、詞紀は笑った。戸口に立っていた影は近づいてくると、彼女の横に立って言い返した。
「それは、帰りたいのと違うのか」
「はい。だって、私の帰る家はここですから」
 真っ直ぐに見つめると、今度は相手は顔をそらして苦笑した。
「やっぱり、お前には敵わねえな」
 きびすを返して、先に家の中へと戻ろうとする。その途中で、彼は顔を向けた。
「明日は遠出する。だから、お前も休め、詞紀」
「……は、はい! ですが」
 のろのろと後を追いながら、言いよどむ。
 室内に戻って、戸を閉めた時、自分の寝床に腰を下ろしてアテルイが口を開いた。
「寝つけないんだろ。だったら、俺の隣で寝てろ」
「……なんだか、全く眠れない気もします」
 けれど誘われるように、彼の側へと寄っていく。
 その床に並んで身を横たえると、彼の腕に抱き寄せられた。
 始めは自分の心臓の音が邪魔して眠れる気になれなかったのが、相手の心臓の音が聞こえ出したら、瞼が重くなっていった。
 そして次に目を覚ました時には、外で飼っている鶏の声が鳴いていた。

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