同じ日は続かない

 ――男達が狩猟から帰ってくる頃には、もう夕餉が用意されている夕暮れであった。
「師匠はやっぱりすげえ! 弓も、獲物に百発百中だもんな!」
「師匠じゃねえ。それに、弟子を取った覚えはない」
「でも素振りを見てくれたじゃないか」
「見てやっただけだ」
 アテルイは、少年・イルカといつものやり取りを繰り返す。蔑視されていた一族を救ったアテルイを、他の男達は尊敬の念を持って見守っていた。
 男達が集落に戻ると、ちょうど村の少女達が集まっているのと行き会った。というより、何者かを中心にして、円を作っているように見える。
「なんだ?」
 と、少年が興味深く、その集団に近づいていった。
 しばらくしてアテルイの側に戻ってきて、報告するには、
「師匠の奥さんが、みんなに勉強を教えてるみたいです」
「だから」
 アテルイは正面から少年の顔を掴んだ。
「師匠と呼ぶなっつってんだろ」
「いだだだだ……ずみまぜん」
 だみ声で謝罪するイルカを解放してから(どうせ明日になればまた「師匠」と呼んでくることは分かっている)、少女達が散り散りに解散するのを待って、残った女の側へと歩いていった。
「今日は、何をしていた」
「アテルイ。お帰りなさい」
 答える前に、彼女は待っていたように笑みを浮かべた。
「ああ……ただいま。――それで、皆に何を教えていた?」
「文字の読み書きを少し。将来、何かの役に立つと思ったので」
 二度目の質問に、ようやく詞紀は答えを返した。アテルイは「そうか」と頷いた。
「大変か?」
「いいえ。物を教えるのは、楽しいです。それに」
「それに……?」
「私も、いろいろと教えてもらっていますから」
 そう言って笑う彼女は、随分とこの一族に溶け込んできている。アテルイが安心したように笑った。
 そして二人の住む家へと進みながら、
「いつか、俺にも教えてもらっていいか」
「……はい。いつでも」
「ああ。――その前に、食事の準備を頼む」
「はい、すぐに用意します」
 いっしょに家の中へと入ると、すでに用意されていたようで、汁物のよい香りが室内に漂っていた。
 後に続いた妻の笑顔が、アテルイには眩しかった。
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