いつかの日の夢

 京に久しぶりに市が立った。
 お互いに暇を作って、二人で外出すると、案の定人出は多く、その雑踏を抜けるのにも一苦労なほどだ。
「詞紀、何か欲しいものはある?」
 と、彼女の手を握りながら、古嗣が訊いた。
「いいえ。私は特に……、古嗣様は? ――それにしても、分かってはいても圧倒されてしまいます」
 《オニ》の来襲、さらに独りよがりな権力者の専横があった京は、復興のために賑やかなことを自粛していた。
 久しぶりの催事だから、市を訪れた人々が多いのも、またその表情が明るいのも仕方ない。
「欲しいものがないのも寂しいな。何か、君に似合うものを……」
 歩きながらそれぞれの店を見ようにも、人が多いからゆっくりしているわけにいかない。
 人に押されて先を進みながら、目に移る範囲で居並ぶ店を見ていると、
「あっ」
 微かな声を上げて、詞紀は古嗣の手を引いて雑踏を横切って一つの店へと近づいた。
 そこには美しい着物が並んでいたが、大人が着るには小さい。その他に、振れば音が鳴る玩具なども並んでいた。
「可愛いですね、子供の着物。小さいから、よけいに可愛く見えるのでしょうか」
 一枚一枚広げながら、詞紀は幸せそうな声で言った。
「子が生まれたら、こんなきれいなものを着せてあげたいです」
「――ああ、お二人、ご夫婦かい? その着物は、丁寧に織った上等品だよ。今の内に買っといたほうがいいんじゃないかい。またいつ出るか分からないよ」
 店の女将さんが気風のいい口ぶりで言った。
 夫婦なのは確かだけど、はっきりそう言われると、詞紀は小さくなって、窺がうような視線を古嗣へ向けた。
「……ど、どうですか、古嗣様」
「どう、とは? 僕は君がいいなら、いいと思うよ」
 ――穏やかな笑みが背中を押す。貨幣を払って品物を受け取ると、また人ごみの中へ戻った。
「楽しみだね、詞紀」
 妻の手を引いて、古嗣が言った。
「え……何が、ですか」
 一瞬手を離し、顔を上げる詞紀の肩にその手を回して、抱き寄せる。
 耳の側に、熱い吐息といっしょに届く声は、
「いつか、その着物を着てくれる子が、生まれてくることが」
 耳たぶが熱いのは、彼の吐息ばかりのせいではない。
 体中、火照っていくのを意識しながら、頷く代わりに、その胸に頭を預けることで応えた。――両腕に、手に入れた着物を強く抱きしめた。
 太陽はまだ高くて、久しぶりの休日は、まだ始まったばかりだ。