退屈な一日の終わり

 西に傾いた日差しは赤く色づいていた。
 影を追いながら帰路に着くと、住処の前で乾いた衣装を取り込む女の姿があった。
 足を止めて、距離を置いたところからしばらく彼女が立ち働いているのを見ていたけれど、すぐに相手も自分の帰宅に気づき、
「お帰りなさいませ」
 と、笑った。
「疲れていらっしゃるみたい」
「……ああ、あの餓鬼のせいで、弟子にしろって連中がわいてくるからな」
 ――休憩のたびに村の男達が「剣の腕を見てくれ」と集ってくるのを思い出すと、うんざりして盛大な溜息が出た。
 けれど彼女は、その溜息を聞いても、くすくすと可笑しそうに笑う。
「何が可笑しいんだ」
「皆様、それだけあなたを信頼しているのです。それに、私も時々剣を教えて欲しく思いますから」
「お前は、これ以上強くならなくていいだろ」
 今度こそ、本当に呆れて息を吐いた。彼女ほど剣術に秀でた者は、自分を除いてはほぼいないと思う。
 すると彼女は乾いた洗濯物を両腕に抱えながら、咎める視線をこちらへと向けた。
「時には体を動かしたいのです」
「ああ、分かった分かった。いつか見てやる。……それより、腹が減った」
「あ、はい! では、すぐに夕餉の用意をいたします!」
 思い出したように、彼女は家の中へと入っていく。その背中を追っていくと、中央に掘られた囲炉裏の中で、鉄の鍋がぐつぐつと煮立っていた。
 小屋の隅に洗濯物を置いて、側に戻ってきた詞紀は、朗らかな笑みを浮かべてもう一度言った。
「――お帰りなさい、アテルイ」
 その顔を見ると、諦めたのではない、呆れたのでもない、幸せな苦笑いを表情に浮かべて、彼は返した。


「――ただいま」