まぼろし夜語り



 目が覚めた、と思ったのは、寝返りを打ったからだ。
 上半身を起こすと、体は寝汗のためにひどく濡れて気持ち悪かった。さらに眠っていた気もしないのは、浅い眠りを漂っていたせいだろう。
 寝苦しいのもそのはずで、昼間はひどく暑い夏の日だった。強い日差しが照りつける地上を、《剣》の呪いを解くために旅をしている最中。
「寝ないと疲れは取れねーぞ、詞紀」
 消えた焚火を挟んだ向こう側で、胡土前の声がした。
「……起こしてしまいましたか?」
「起きてたから安心しろ。……それより、寝つけないのか」
「ええ……はい。胡土前様は、何か心配事でも」
「暑くて寝れねえだけだ」
 寝返りを打った気配が伝わってくる。やはり、ヒトであろうがカミであろうが、この夏の夜の暑さは苦手らしい。
 それにしても、早く寝たいのに、と焦ってしまうのは、胡土前が言った通り、眠らなければ昼間の疲れが取れないからだ。睡眠不足のまま明日になって、旅の足手まといにはなりたくない。
 詞紀は再び横になると、その体の向きを胡土前の横たわっているほうへ変えて、
「寝物語をしてください、胡土前様」
「はあ? 何だよ、いきなり」
「そうですね……胡土前様の子供の時のお話を。……それに、話したり、聞いたりしていれば、疲れて眠っているかもしれませんよ」
「それはそうだが……餓鬼の頃なんざ覚えてねえよ。何十年前だ」
 呆れたような声が聞こえる。困惑している彼に、詞紀は微笑を浮かべて囁いた。
「胡土前様のこと、なんでも知りたいものですから」
 ――近い過去といっても、彼にとって辛い思いが交じっているから、触れられない。かといって自分の話をするのも、玉依姫と《剣》のことがあるから、軽い気持ちで口に出来ない。
 胡土前のことをもっと知りたいのは本当だけど、話す内容は何でもいい。眠れないほどの熱帯夜は予想外だけど、彼とじっくり話せる時間が欲しかったから。
 しばらくして、相手はぽつりぽつりと過去を語りだした。けれどいつしか、どちらからともなく深い眠りに落ちて、次の日目覚めた時には、夜の会話は夢の中の出来事だったかそうでないか、二人ともはっきりと記憶していないのだった。