早春の風が心地よく吹いた。
歩く廊下にあたたかい日差しが降り注いで、邸にいるのがもったいないと思う気候である。
平安京(たいらのみやこ)、秋篠家の邸だった。
内裏から、一足早く帰ってきたはずの古嗣を探していた。いつもであれば、後から帰った詞紀を出迎えてくれるのに。(つまり古嗣の時々過ぎた愛情表現は、詞紀にとって当たり前のことになっているということだ)
探すといっても、当然邸の中のことだから、ここにいればすぐに見つかるのである。――やはり、歩いていた廊下の先で、日なたで横になる狩衣姿の長身を見つけた。
「ここにいらっしゃったのですか、古嗣さ、ま……」
近づきながら呼ぶ声は、状況を理解するたびに小さくなっていった。
古嗣はただ横になっているのではない。穏やかな横顔を見せて眠っている。さらにその腕に、白い毛の猫を抱いて。
(……ああ、お疲れでいらっしゃる)
詞紀は微笑んで、隣に膝を折って座った。
寒い冬は通り過ぎるさなか、枝に花をつける梅に時々名残の冷たい風が吹きつける。こうして穏やかに過ごすことが不思議で、幸せに感じられた。
ちょっと振り返って、古嗣の寝顔を見つめてから、詞紀はくすぐったく笑みこぼした。
「……いつもの古嗣様だったら、女性と二人でいるのに眠っているなんて、考えられないのでしょうね」
そして彼の抱いている猫の背をそっと撫でた。体温が行き届いた小さな体がとてもあたたかくて、詞紀はいとおしい気持ちになった。
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