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春、蕾の頃

 墓石の遥か上で桜の蕾が芽吹いていた。
 そこには寿命を全うした人、不慮の死を遂げた人、様々な理由で生を終えた人のいる終の住処だ。
 そして、詞紀の母や先の戦いで力果てた隠岐秋房も、ここにいる。
「母様。今年は一層見事に桜が咲きそうです」
 《オニ》との戦いが終わっただけではない。花が満開になれば、嬉しい出来事が控えている。
 その前に母に報告したかった。
 手を合わせて目を閉じると、母のやさしい声がよみがえってくる。それは詞紀が過去を思い出したからなのかもしれない。けれど母が「おめでとう」と伝えてくれたのだと、彼女は信じた。
「――詞紀。探したぞ、ここにいたのか」
 穏やかな声を聞いた。目を開けて振り返ると、来た方角から幻灯火が近づいてくるのを見た。
「幻灯火様……はい、母様にご挨拶と、その、報告を」
 最後の一言を言う時、少し頬が熱くなった。
「だったら私も連れていってくれ。いや、むしろお前の母に挨拶をしなければならぬのは、私の方だろう?」
「……はあ」
 と、返事をしてから、思わず詞紀は吹き出してしまった。
 そしてこらえきれなかった笑みを、なかったことにすることは難しい。
「どうした。何が可笑しい」
 心底分からないという様子で幻灯火は、詞紀の顔を窺がっている。
「いいえ、幻灯火様の仰り方がおもしろかったから」
 ――《カミ》である幻灯火が、《ヒト》の常識を語ることが可笑しかった。けれどそれは相手に失礼だったから――《カミ》であるとかそうでないとかは関係なく――詞紀は差しさわりのない言い方で答えた。
 ひとしきり笑ってから、詞紀は息を吐いて微笑む。
「生んでくれてありがとう、と母様に言いました」
「ああ、そうか」
 卯紀の墓石に向き直り、詞紀は膝を折ってしゃがんだ。
「玉依姫になる宿命を負って生を受けたけれど、それは母も同じでした。けれど、母が私を生んでくれたから、いろいろな出会いがあった。その時は辛かったけれど、今思えば過ぎたこと、辛かった出会いも別れも、これから先は思い出になるのです。――そして、それを教えてくれたのが母様だったから」
「良い母親だったのだな。その母の強さを、お前も受け継いでいる」
「そこまでとは思いませんが」
 だが、まんざらでもなく詞紀は小首をかしげて笑う。
 玉依姫としての責任に苦しんだ時、母であればどうしただろうと考え、行動した。母の強さを継いだというより、その背中を追っていたのかもしれない。
 それに母を尊敬している詞紀にとっては、母と似ていると言われれば素直にうれしかった。
「――その母親に誓おう」
 幻灯火が厳かな口調で言う。
「これからは貴方に替わって、私がお前を守ると。ああ、そうだ、秋房、お前にも、だったな」
 卯紀の墓石から、側にある秋房のものへ向き直って、幻灯火は手を合わせた。その姿を見守りながら、詞紀は心の中で母と誓う。

(今度こそ、幸せになります。見守っていて、母様)

 ――桜の蕾が全て開く頃、二人の婚礼の儀式が行われる。

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2013/02/16

 FDに卯紀が立ち絵&声優つきで登場しますように。