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側にいる温もり

 しんしんと雪の降る音にふと眠りをさえぎられ、詞紀は目を開けた。
 体を起こすと、頭の芯が痛み、思わず手でこめかみを押さえる。眠る直前に飲んだ酒が、まだ残っているらしい。
 立ち上がって、入口へ歩いて行くと、戸を少し開けてみた。やんでいた雪はまた降り始め、新しく積もったのが白く輝いていた。
 寝返りを打つ物音がしたのに驚いて、戸を閉めるのと同時に顔を向けたが、一つ屋根の下で眠る胡土前が目を覚ましたのではないようだった。
 半ば安心して自分の寝床に戻ってくると、横になるでもなく腰を下ろして暗い天井を見上げた。
 《オニ》を連れての逃避行を始めてから、何度目かの夜だ。力を使い果たしている胡土前を守るためとはいえ、かといって全てを忘れてここで無為に過ごしているわけではない。
(皆、どうしているかしら)
 仲間達の、季封の人々の顔が脳裏に浮かぶ。
 季封を襲撃し、さらに多くの人の命を奪っていった《オニ》と行動を共にしていると知ったら、皆どのように思うのだろう。――赦してくれるとは思わない。何故なら今、自分が疑問を抱いている。
「……私も、《オニ》と同じね」
 口にすると悲しさで胸がいっぱいになった。
 嗚咽がこぼれそうになるのをこらえるために、無理やり横になって毛布をかぶる。泣いたら側で眠る人を起こしてしまう。それに、こんなに簡単に泣きたくなかった。辛いのは自分だけではないのだから。
「――あんたは泣いていいんだ」
 すぐ側でやさしい声がした。起こさないようにと気遣った人の声だ。
 詞紀は毛布から顔を出して見上げると、闇の中でも分かるぐらい近くに彼が座って、見下ろしていた。
 そして彼女の頬に手を置くと、
「泣いちゃならねえ理由なんかあるかよ。だいたい、あんたは気張りすぎだ。俺を信じてくれてるなら、弱いところも見せてくれ」
「……ですが、私だけの悲しみで、一人で泣いてるのも」
「だったら悲しいことを俺に言え。いっしょに泣いて、苦しんでやる。……つっても簡単に涙は出ねえけどな」
「何故、そこまで」
 聞かなくても、これはと思い当ることはある。それは詞紀と同じ気持ち。でもそれと答えを出すほど、詞紀は自惚れではない。
 これが太陽の照る下だったら、きっと見つめきれずに視線をそらした。今は闇の中、じっと目を見張っている。
 胡土前は微笑の声を聞かせてから、
「姫さんには、なんかそうしてやりてえんだよ」
「……答えに、なっていません。ですが」
 嗚咽といっしょに笑みがこぼれた。
 そして頬に置かれた手に手を重ねて、囁いた。
「苦しいことを受け止めてくれて、ありがとうございます、胡土前様」
 ――いつの間にか夜は明けて、雪に反射した朝日が白く小屋の中へと差し込んできた。

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2013/02/16

 FD制作決定を心より祝福いたします。