「強くなりたい」

 木刀を打ち合う音が数合続く。
 といっても相手は一歩も下がらず、攻め込みもせず、詞紀が打つ一撃を木刀でかわしている。
 過去、大蛇一族が使っていた詰所の一つらしい。結界に守られているのは、詞紀にも感じ取れる。
「姫さん。そんなに強くなりてえか?」
「はい。皆の足手まといになりたくないのです」
 詞紀は強く頷く。視線が、背後にある黒い影に移る。偶然か、気づいてか、胡土前がすっと横に移動して詞紀の視界を隠した。
「あんたは充分すぎるぐらい、強いと思うぜ。実力も、気持ちもな」
「足りない……全然足りません。私は、一人でも季封を守れるぐらい強くいたい。私が皆を守れなければ」
 柄を握りしめ、木刀を振りかぶる。渾身の一撃は、しかし胡土前の左手によって難なく阻まれた。
「村の奴らはあんたの強さを知ってる。だから、一人で気負わなくていい。……本当に強いのはな、武術の腕前じゃなくて、命の重さを知ることだ」
 それは、つまりがむしゃらに攻め込んでいくことではない。
 頭では理解しているつもりだ。でも、攻撃は最大の防御と云う。攻め込むことで守りたいものを守ることになるのではないか。
 そういう反感が顔に出てしまったらしい。木刀を押さえたまま、胡土前が覗き込んで苦笑した。
「そんな顔をするな。きれいなのが台無しだぜ」
「そのようなご冗談ばかり……」
 頬がかっと熱くなったが、それは相手には知られたくない。顔をそむけて言い返した。
 冗談だと皮肉を言ったのは半ば本当で、胡土前は軽口が多い。今も、きっと自分をからかおうという心の表れだと思ったのだが、理性とは違って感情は落ち着かなかった。
 黙って横を向いていると、木刀を押さえた手が詞紀の背に回って、彼の方へと抱き寄せられた。
「……冗談でこんなことをするかよ。いいか、稽古はつけてやるけど、忘れんな、姫さん。その怒りも憎しみも、悲しいと思う気持ちも全て、生きているからこそなんだぜ」
 ――感情が落ち着かないのは、急に抱きしめられたせいだけではない。
 その証に答えようとする声は震えそうだ。だから詞紀は彼の胸に頬を置いて、わずかに頷きを返した。その胸も手も、とてもあたたかいと思った。この温もりさえ生きてこそのものならば、詞紀はそのために強く生きようと心の内で囁いた。