凍りの星

 決意に固まった心が、何か別のものに気を引かれる時、それはいったいどういった気の緩みなのだろうか。
 闇を縫って後を追うのは、《オニ》と一体化した玉依姫と、風波尊と血を分け合った兄だった。
 一族と愛しい人を死に追いやった《オニ》、それを体の内に引き入れた娘は、仇と同じ。なのに兄は大切そうにその娘を守って、幽世を後にした。
 神無巣日神をごまかし――といってもごまかしきれているとは断言できないが――、風波尊は密かに後を追ってきたのだった。
 それにしても兄の気持ちが解せない。《オニ》が八咫烏の一族を殺したことは間違いなく、しかも二人でそれを目撃したのに、兄は《オニ》を取り込んだ娘を抱きしめて、凍える空へと風に乗って舞った。
 自然と風波尊も上向いて、凍る空に星がまたたいているのを見た。今宵は珍しく、雲の晴れた冬の夜空だ。
(……ああ、きれいだ。君に、見せたかった)
 心の内で呟いた時、瞼の裏に婚約者の面影がよみがえる。
 朗らかで無邪気で、一族の思惑も家のしがらみも関係なく風波尊を慕ってくれた最愛の女性だった。
 彼女の存在のせいで兄との仲が遠くなる危惧をしたものだけど――もしも今東風姫が生きていたら、現在風波尊の目に映る兄の恋人を義姉として接することが出来たのだろうか?
「……手遅れだ」
 声に出して囁くと、片頬を濡らす涙を手の甲で拭った。再び兄とその恋人を見上げる視線は、《オニ》への復讐に満ちる。
(東風姫はもういない。彼女を殺した《オニ》を、この手で殺す。それが、一族と、彼女への手向けになる)
 再び決意を固めるように、拳を強く握りしめた。《オニ》を殺すのは兄ではなく、自分の役目なのだと自身に誓って。――