小春日和が恵みのように地上に差し込む。
 その心地よさに、自室で何となく書物を手繰っていた時、言蔵智則はある些細な――しかしとても重要なことに気づいて、普段冷静な顔色を変えた。


探し物はなんですか。





 ばたばたと音を立てて廊下を行く先は、武官の詰所もある冬獅殿である。
 真っ直ぐに稽古場へ向かっていくと、思った通りそこに隠岐秋房の姿を見つけた。
 普段の落ち着きを意識して、「秋房」と呼ぶと、木刀を振るっていた相手は振り返って、
「智則? どうしたんだ」
 稽古を中断してそう言った。
「秋房。この前、書物を貸したな?」
「あ、ああ。ちゃ、ちゃんと読んだぞ、本当だぞ!?」
 この慌てようではきちんと読んではいないらしい。
 ところで書物を貸したというのは、秋房が「姫の役に立ちたいから」と、智則から季封の歴史について載っている書物を借りたことを指すのだが、自分から貸してくれと言っておいて読み込んでいないのはどうなのか。――だがそれを指摘する余裕も今の智則にはなく、
「そんなことより、あれに何か挟まっていなかったか」
 思わず声を落として訊ねた。
「いや、ちゃんと読んで……、は? 挟まって? 何を?」
 どうやら智則が、書物を読んだのか確認をするために来たと頭から思い込んでいたようだ。秋房は憑き物が落ちたようにきょとんとしている。
 それに、その様子では知らないのも確かのようで、智則は安堵と不安を両方抱きながら、「知らないならいい」と返して冬獅殿から引き返した。
(まずい……どこに行ったんだ、あれは)
 自室以外で落としてしまい、誰かが拾ったのではないかと考えると、不安というより羞恥でおかしくなる。といっても自尊心とか重いものではない。個人的に、誰にも拾われたくないのだった。
 その不安のまま夏瀬殿へ戻ろうとしていた彼を、神掲殿の前で呼び止める声があった。
 振り返るまでもなく声の主は分かった。だから普段の自分を取り繕って振り返ると、
「姫。いかがなさいました」
「智則。探していたの。……これを返そうと思って」
 と、詞紀が差し出すのは、歴史とも政治とも関係のない物語の書物である。
「ああ、そういえば」
 ――たまには息抜きできるものが読みたいと彼女から言われて、言蔵家の蔵から探し出したものだった。生憎と、智則の手が届く場所に物語や和歌などの書物は置いてなかった。
 詞紀か書物を受け取ると、その間に紙の切れ端が挟まっているのを見た。
 ふとそこを開いてみて、智則は唖然とする。今まで探していた短冊が、そこにあったからだ。
 物も言えずに詞紀の顔を確認すると、相手は微笑を浮かべて首をかしげている。でも見るからに短冊の端が覗くように書物に挟んであった。この存在に気づいていないはずはない。
 まさか、一番見て欲しくない人に見られてしまったなんて。(しかし詞紀であればこれ以上騒ぎ立てることもないのだから、見られたとしてこれ以上望ましい人もいない)
 二つの矛盾した気持ちを抱くと、普段冷静な智則でも何を言えばよいか分からない。
 けれど何とは指さずに、戸惑う口調で聞いた。
「どう、でしたか」
「ええ、とても美しい話だった。もっと読みたいぐらい」
 本当に目を通していたのなら、その短冊の内容に気づいているのだろうか。
 ――彼女に言えない思いを、短冊に書き付けていた和歌の意味に。
 さすがにそこまではっきりと訊ねることは出来なくて(ただでさえ和歌を作っていることを詞紀には知らせていない)、智則は「そうですか」とだけ言って、書物を閉じるのだった。




ファンブック・智則プロフィールネタ。
「趣味・短歌(下手だから人に見せない)」はおいしすぎる。


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