迷い子の心





 京は毎日が大変な賑わいだった。
 生まれてから一度も季封ののどかな雰囲気から出たことのない詞紀は、街に出るたびに驚いてしまう。
 すれ違う人の間を縫って、ふと振り返った時、足を止めて目を疑った。いっしょに秋篠の屋敷を出た人がいない。
「……え、幻灯火様?」
 来た道を少し戻って探してみるが、銀色の髪を持つ長身は見つからなかった。
「どうしたらいいの」
 いつもは冷静な詞紀だったけれど、人の多いところで一人であることの不安が考え事をさまたげる。
 不安をかき消すように、人ごみを掻き分け、掻き分け、幻灯火の姿を探し求めて急いだ。
 最初にこの大通りを訪れた時、彼が興味を持ったのは露店の売り物、特に口に入るものだった。それを思い出して市場へと戻ったが、そこにあの目立つ姿はなかった。それに、これだけ探しているのだから彼を見逃すはずがない、と詞紀は思い込んだ。
(他に、幻灯火様が行かれるようなところ……)
 と、考えて、右京地区で悪路王と会った、と思い当たった。彼は幻灯火と因縁浅からざる関係だった。だから、幻灯火が足を向けるかもしれないと推測し、そちらへ足を向ける。
 その時にごろつきに騙された経緯がある。注意を払わなければと心を強くしながら、右京地区に足を踏み入れた。――その瞬間に、後ろから腕を取られて、詞紀は緊張した。確か前もすがりつくような女性に騙されたからだ。
 振り返りながら刀の柄に手をかけると、振り仰いだ先にある顔は右目の閉じられた、驚いたような顔だった。
「……済まないな、詞紀。驚かせてしまったようだ。……だが、あまりそちらへ行くものではない。その……アテルイが、お前に危害を加えるかもしれないからな」
「え、いいえ、それは、考えてはいませんでした」
 ――確かに悪路王は危うい雰囲気を出していたけれど、幻灯火と古くからの知り合いだから、それほど悪い人ではないのだろう、という詞紀の甘い考えがあった。
「それにしても、幻灯火様。探してしまいました。いったい、どちらへ……」
「ああ、だから私を探してそちらへ行こうとしていたのか。ならば私にも責任があるかもしれないな。――その、あまりに興味深いものがあって、いつの間にかお前を見失ってしまった」
 それだけだったら、よかった。安堵した気安さから、詞紀は思わず笑みをこぼした。さらに、はぐれた原因がとても彼らしくて。
「人間が苦手でいらっしゃる幻灯火様を、そこまで夢中にさせる。本当に京はおもしろい場所ですね」
「ああ、そうかもしれない」
 幻灯火もつられたように笑った。二人に戻った時から、詞紀の不安はもうなくなっていた。
 それが、一人でないことの安堵だったのか、それとも幻灯火がいてこそのものなのか、詞紀にはまだ分からず、ただ街の真ん中で幻灯火とともに笑っているのだった。

前回の幻灯火+詞紀がギャグになってしまったリベンジ。

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