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星の誓い



 季封の夜空に、数多の星は河のように連なって瞬いている。
 それを寄り添って眺めながら、詞紀は溜息をついた。
「一年に一回しか会えないというのは、寂しいですね。辛い時も嬉しい時も、それを分かち合う人が側にいないのですから」
「それが罰なのだから仕方なかろう。……全く、恋とは人間もカミも盲目になるのだな」
 なんだかその言い方が可笑しくて、詞紀は笑った。そして肩を抱く空疎尊の胸に顔を埋める。
「何が可笑しい」
「だって、空疎様も私のために一族の血を捨てて力を使ってくださいました。それは、盲目ということではないのですか」
「ならば貴様は、【オニ】の魂をその身と結びつけたではないか。それは何のためだ」
「……何のため、と申されたら」
 と、そこで詞紀は口ごもる。頬が熱くなった。昼間は茹だるように暑い季節だけれど、夜は涼しい風が吹いている。それにも関わらず。
 話をそらすために、ほんの少し話題の方向を変えようとして、
「ところで、空疎様。最近、考えていたことがあるのですが」
 口調を改めた。空疎尊は、「ほう」と息をついて、視線を詞紀へと向ける。
「確かに恋は盲目なものです。相手を守るためならば、自分自身のことは構わなくなる。……きっと、風波様の婚約者の姫は、犠牲になったのではなくて、風波様を守ろうとしたのですね」
「……ああ」
「ですから、空疎様。あなたが気に病む必要はないのではありませんか」
「……うなされているか」
 苦笑する空疎の横顔を見つめ、詞紀は黙った。――確かにそうだった。幽世から帰ってきて以来、寝所を共にした未明、時折彼は過去のことでうなされていることがある。
 気を遣わせたくないから、それまで何も言えなかったけれど、弟のカミと、その婚約者のことを、弟が亡くなった今でも苦しんでいる彼を見るのは詞紀も辛い。空疎はそれまで苦しんできたというのに。
 しばらく会話がやんで、星祭の空を眺めていた。
 そして先に口を開いたのは、空疎尊だった。
「東風姫の気持ちが分かるのは、同じ立場であれば貴様も同じことをするつもりだからであろう」
「え、いいえ、その」
 慌てて否定しようとして、しきれない。確かに自分も同じことをする。――だいたい、先の戦いでも空疎尊を守ろうとして勾玉を使ったのだ。
 空疎尊はぐいと顔を近づけてきて、透視するように詞紀の瞳を見つめると、
「よいか。もう一度同じことをして、自身の命を軽んじることは許さぬ。貴様は、貴様が我の妻であると誓う限り、その身が朽ちるまで我の物なのだからな」
「……、はい、空疎様」
 まるで操られたように頷くと、彼の唇が口を塞いだ。
 唇が熱くて、生きている、と実感する。生きているから、こうして触れ合える。終わらない冬に閉じ込められたままでは、分からなかった。
「私は、生きます。ですから、ご安心を、空疎様」
 唇が離れた時に、そう囁いてから、今度は自分から口づけをした。
 ――恋は相手のことしか視えない。でも今は、そうではないと詞紀は思った。何故なら、空疎尊の側にいるために、自分は生きようと思っている。――


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