ふたりで、幸せに



 《奥津城》に並ぶ墓石に、白い花びらが降りかかる。
 幽世からの帰路、満開だった桜は、季封の村に着くともう花吹雪になっていた。
「母様。永い冬はようやく終わりました。私のことは心配なさらず、ゆっくりお眠りください」
 合掌を終えて、詞紀はそう囁いた。
 《剣》と《玉依姫》の関わり、そこから連綿と続いてきた母子の悲劇、――それが自分の代から、改められるかもしれない。その希望。そして何より、心から愛せる人と巡り会えた。
 そのためにようやく独り立ち出来るような気がする。その思いが詞紀を笑顔にさせた。
「姿が見えないと思ったら」
 呆れたような溜息をつく声を聞いて、詞紀は振り返った。
「……空疎様。何も言わずに来てしまい、申し訳ありません」
「全くだ。おかげで秋房の襲撃を何度も受けた。……それに、母への報告ならば、我も同伴せねばならぬだろうが」
 まるで責めるような視線をよこして、空疎尊が言った。詞紀ははっと目を開いて、言わんとすることを理解すると、ほんの少し頬を染めてうつむく。
「ええ、本当にそうですね。それから、秋房には私から言っておきます。きっと、幼なじみを心配する気持ちが、行動に出てしまうだけですから」
「……それだけではないと思うが」
 ゆっくりと歩を進め、詞紀の横に立って、そう呟く。えっ、と顔を振り上げた彼女の物を問う視線には気づかず、空疎尊は供え物を置いた卯紀の墓石の前に片膝をついた。
「そなたの娘は、我が一生をかけて守ることを誓う。そなたは心配せず、常世にて安らかに眠るがよい」
 それから彼は立ち上がって、詞紀へ穏やかな表情を向けると、
「万に一つ、我がそなたを幸せに出来なければ、我はそなたの母からの罰を受けるのであろうな」
「空疎様らしくもない……いつもご自分に自信をお持ちなのに」
 驚きのために彼を凝視して詞紀が言った。
「我らしくない、か」
「はい。……一人で抱えるから不安になって、心細いことを仰るのです。妻である私を信じて下さい。私は、あなたを信じている限り、ずっと幸せなのですから」
 右手を伸ばして、彼の頬に触れた。見つめ合う相手の視線がちょっと揺れて、諦めたような笑みを浮かべる。
「まるで守られているのは我のようだな」
「私達は、もう夫婦なのですから」
 詞紀がにっこりと笑った。そして強い力で抱き寄せられ、空疎尊の両腕に閉じ込められる。愛しい気持ちは、胸に溢れて溜息といっしょにこぼれた。

リク:「空疎尊×詞紀で祝言報告後」