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(アテルイ+詞紀)
血の夢を見た。
そう思ったのは目が覚めてからで、勢いよく起き上がった後はせわしい息遣いを静めることに労した。
夢の登場人物は二百年前に失った仲間達もいれば、この手で殺した貴族達もいた。
――しかし、と思いながら寝床から抜けて、家の外に出た。まだ太陽は昇っておらず、東がうっすら白んでいる程度だ。
しかし、現実で仲間達を失ってから、不死の力を授けられて以来、夢を見た記憶がなかった。それは、永く生きるのと引き換えに奪われた代償のような気もする。それでも夢を見ないことに疑問を感じなかったのだ、その時は。というか眠りを必要としなかったのかもしれない。
だから今朝夢を見たことが新鮮に思え、さらにその内容が恐ろしく思えた。この手で(……と、アテルイは自分の手を見て)、貴族達を殺していた時には、恐怖の感情などなかったのに。
(まったく、何から何まで奪っていきやがる)
開いた手を固く握って、心の内で毒を吐くのと同時に、浮かぶ顔には諦めたような笑みがあることを本人は知らない。
きびすを返して家に入ると、安らかな寝息を聞かせて眠る女の横に近づいていった。
その頭の側に腰を下ろすと、その額にかかる髪に指を触れる。
彼女――詞紀は、恐怖など感じなかった心を奪い、人を愛する心を植え付けた。
「……いや、そうじゃないのか? 詞紀」
奪ったのではなく、失った感情に、彼女がその感情を再び芽生えさせた。
髪を弄ぶ指の下で、詞紀が覚醒するような吐息をもらした。
一瞬、手が止まり、しばらく様子を窺がっていたが、彼女が目を覚ますことはなく、たちまち安らかな寝息に変わる。――毎日、家事や村の娘達への手習いで気を使っているから、疲れているのだろう。
手を引いて、ゆっくり顔を近づける。そのこめかみに口づけを落としてから囁いた。
「……お前は、二度と離さないからな」
唇の下で、詞紀の短い息遣いが聞こえた。
もう一度こめかみに唇をつけてから、自分の寝床へ戻っていく。明るくなって目を開ければ、今度は起きている詞紀が笑顔で待っている。それが今の彼の現実だった。